父とアイルランド西海岸の旅を終えて、そろそろ次の土地へ行くための準備を始めた。ぬるいギネスを毎日のように飲んでいたけれど、これが飲めなくなるのは寂しいなあ。ダブリンは全てが心地よかった。パブでは誰からともなく演奏を始めると、我こそはと次々と楽器を出してセッションが始まる。ギネス飲んでいたおじいちゃんとおばあちゃんが体を動かし始めて、ついには立ち上がって踊り出す。皆が手拍子したり、おしゃべりを続けたり。
昼間のパブはいわゆるカフェ的な存在で、ランチあとのビジネスマンがやってきてギネスを飲みながら議論を交わしてそのままオフィスへ戻っていく。そのため私もすっかり昼間からぬるいギネスを飲むのが習慣になってしまい、これがなくなるなんてどうしたらいいのかと真剣に悩んだ。
ダブリン城やトリニティカレッジなど馴染みとなった街を歩き回った。公園では水鳥が魚を食べてる姿や、ベンチで新聞を読む青年、腕を組んで歩く老夫婦を眺めながら「ここを発つ日を決めておいてよかった」と思った。そうでなければ私は残りの日々をここで過ごしたいと思っていたかもしれない。
ダブリンの大学に留学中のスペイン人フランシスコが「ノゾミがダブリンを去る前にもう一度会いたい」とのこと。
中央郵便局前で待ち合わせることにして、近所のレストランでエビフライとサラダとスープとフライドポテトを食べ、フランシスコおすすめのホットウイスキーを飲んでみる。お…おいしい!!さらにレモンとクローブを加えたものもまたおいしい!!
キラーニーで山道遭難しかけた話をするとビックリされて、やはりあの距離感を分かってなかった私がアホだったのだろうなと思ったが、彼はとても素晴らしい経験だったと褒めてくれて、次は彼の住むバルセロナで再会しようと約束をした。日本人的には一見ひ弱そうに見える彼だったが、全てにおいて紳士的な態度(ジェンダーギャップに厳しくなった2025年現在としてはいいのか悪いのか分かりませんが)で、私を立ててくれる。これこそが「れでぃふぁーすと」ってやつか!と感心しながら父のアパート前に到着。
「いいね?バルセロナに来る日が決まったら必ず連絡するんだよ」
と言って、突然唇を奪われた。
...!!!
父のアパート前ですが!
真面目で気弱に見えましたが!
いや、これはハイタッチくらいの挨拶なのですか!?
私の中ではロマンチックのかけらもなく、脳内処理が間に合わないままにフランシスコは帰っていった。
呆然と彼の後ろ姿を見送るしかなかった私。いやぁ、油断してた。。