㉓スペイン(マドリッド経由)→ポルトガル(ポルト)・・・安宿で幽霊とダウン

2001/03/01

心潤される古き良き街セゴビアで二泊して、マドリッド経由でポルトガルに向かうことにした。マドリッドは当時とにかく危険で、会う人会う人「日本人相手に首絞めナイフ強盗が流行ってるから気を付けて」と言われる。フランスでは実際にマドリッドで首絞められて気を失って、気が付いたら何もかも取られていたという経験者にも会ってしまい「命があるだけ助かった」という一言に、今回はマドリッドはやめておこうという結論に達する。

セゴビアの宿のおじちゃんは最後まで優しくて別れがたかった…というのは私だけで、私の出発を待たずに、どうやら「教会に行くからカギはそこに置いて、ちゃんとドアは閉めて行ってね。バーイ」的なことを言って出掛けようとするので「え、もう会えないの?」と寂しげに聞くと「ボニータ…」とほっぺをくっつけて挨拶すると余韻も何もなしにさっさと出掛けて行ってしまった。涙

数日前に到着した時には不安で仕方なかったセゴビアの駅がまるで違う駅に見えた。予約していた10:55発の二階建て列車の二階部分に座り、広大なスペインの地を眺めながらの移動。しかし、この時の私は車窓を楽しむ余裕も、セゴビアを恋しく思うこともできなかった。なぜなら全身ガタガタと震えるくらい寒気がしていたから。頭痛、胃痛、腰痛…。生理が来るからだろうか。明らかにこれは体調不良だ。まずいぞ。
マドリッド到着して、ポルトガル(ポルト)行きの電車が出るまで6時間ほどある。本来、短時間のマドリッド散策するつもりでこの予定を立てたのだが、すでにフラフラ。とはいえ、何もしないのももったいないので首絞めナイフ強盗に弱っているところを悟られないよう、気丈に歩き始める。
マドリッドは私が想像していたいわゆるただの都会ではなく、駅から続く並木道はとても広く美しくまるでパリのようだった。建物も見事な彫刻が施されたものが多く圧巻。王宮の作りも豪華で、これが繁栄期を物語るものだという貫禄すら感じた。しかしマドリッド駅に着くほんの近くの場所まで、あの荒涼とした荒れた砂と石の大地が広がっていたというのが驚き。よくこの場所にこんな都市を築いたものだ。
ああ、こんな体調じゃなければよかったのに。雨が降り始めた。もう駅でゆっくりしなさいと言われているようだった。
諦めて駅に戻り大人しく座って列車を待つことにした。たまたま隣のベンチに座っていたアラ還スペイン人のおじさんと仲良くなって、いろんなことをお喋りして時間をつぶした。お菓子をくれたり水を分けてくれたり。そうかと思えば近くに座っていたコロンビア人の女性をホームまで送っていった後に「彼女の電話番号聞いちゃった」とニヤニヤして戻ってきた。若い!このバイタリティに感心するばかりだ。

おじさんがフランスのリヨン行きの列車に乗って行ってしまい、また一人ぼっちになると急に思い出したかのように具合が悪化した。手には赤い斑点が出て、頭痛と倦怠感が半端ない。
マドリッドから列車に乗り込み、ポルトガル国境に近い乗換駅で下車すると、次の列車が来るまでの二時間もの間、駅のベンチであっという間に深い眠りに落ちた。初めて駅で爆睡した。

ポルト行きの列車が来ると、あまりにも立派な列車なので焦った。なぜ焦るのかというと、場合によっては私が持っている列車のフリーパス「ユーレイルパス」だけでは乗れず追加料金が必要な場合があるからだ。乗り込んだはいいがあっという間にポルトガルに入ってしまった。ああ、現金はスペイン通貨ペセタ(当時はユーロに完全に切り替わってなかった)しか持たず、ポルトガル通貨エスクードは持ってないぞ。切符を確認しに来た車掌さんにおそるおそる追加料金必要かどうか尋ねると「やれやれ」という表情から「いいとしておこう」的な感じで行ってしまった。いいのかそれで???もう、こういうドキドキ不安は旅に常につきもの。何が正解かよく分からないことだらけ。

フラフラでポルト駅に着き、言葉が通じないのを察した私はいかにも観光客っぽい人にインフォメーションがどこなのかを訊ね、宿探し。いくつかリストをあげてもらったが、体調不良なのを神様が哀れに思ったのか一発で見つかった!これまでの宿と違って、古い旅館を安宿として使っているといった感じ。「最も安い部屋がいい」と言うと案内してくれた。が、昼間にも関わらずどこかしこから卑猥な喘ぎ声が聞こえてくる。一体ここは…。頭痛が激しくなる。
安い部屋なので間違いなく大部屋だと思っていたが、思いのほか一人部屋。しかも部屋の一角に謎に便座のない便器が置いてある。宿の人に尋ねるとそれは「ビデ」とのこと。当時の日本ではウォシュレットが出始めたばかりで、ビデの使い方がいまいち浸透していなかった。なぜビデのみが置いてあるのか、当時の私には全く理解できず、異国文化に首をひねるばかりだった。


部屋はどこかカビ臭く、不必要に大きな鏡がやけに気味が悪い。簡単に開けれそうなドアの鍵に不安を抱きながらガタガタと震える体で湿ったベッドに横たわると、さっきの卑猥な声が脳内で再生され、見知らぬポルトガル人男性がドアをこじ開けて入ってくるのでは…と余計な妄想をしたのも束の間、すぐに睡魔に襲われそのまま何時間も深い深い眠りの中に。
夢か現実か、部屋の鏡から親子の幽霊が現れた。ああ、不気味だ。ついに出たか。この部屋なら出ない方がおかしいな…。何にも抗うことが出来ないほどにとにかく具合が悪く、ぼんやり幽霊を意識の中から追いやることしかできなかった。


何時間寝ただろうか。平常心ではあの部屋にいられなかったと思うが、体調不良のおかげであの安い部屋でもしっかり体を休めることができた。起き上がり、まだ日が暮れていないことを確認し、ようやくポルトの街歩きをしようと思えるまでになった。
なんといってもポルトガルといえば南蛮菓子!

街のお菓子屋さんのショーケースを眺めると、確かにカステラらしきものがすぐに見つかった。そういえばポルトガルに到着してろくに食事をとっていなかったことに気が付く。現地名は忘れたが、見るからにカステラの原点と思われる菓子を購入してみると、すぐにそれを頬張ってみた。カステラをさらにシロップに浸したような、噛むとじゅわっと甘い汁が口中に広がって思わず「わ!」と声が漏れてしまった。甘すぎて無理かもと思ったものの、疲れ果てていた私の体中の血管という血管にこの甘いシロップが流れ込み、じわじわとエネルギーとなっていくようなそんな感覚を覚え、今必要だったのは酒でもパンでもチーズでもなく、これだったんだなあと思いながらゆっくりと味わった。