㉖スペイン(グラナダ)・・・運命の一日。知らない日本人老人に拉致された

 2001/03/10

私の旅は三か月と決まっていたので、必ず行きたいところと旅人からの情報で行きたくなった場所と鉄道の乗り継ぎをいろいろ検討して行程を決めていた。


グラナダはいろんな旅人たちから、イスラム教の文化を感じられるエキゾチックな街として紹介されてきたので、ぜひ行ってみたいと思って選んだ場所。トレドからマドリッドへ戻り、グラナダ行きの夜行列車に乗り換える。幸い周りは女性ばかりだったので安心して寝ることが出来た。

さて、早朝にグラナダ駅に到着。時間的に駅のインフォメーションがまだ開いてないのを察し、先に町の中心地に移動しようと考える。しかしグラナダの地図が手元にないのでどこが中心地なのか検討もつかない。そこで、トレドなどでの経験上ここは日本人旅行客を探して聞くのが一番!ということで、列車から降りた乗客の中から日本人、できれば優しそうな女性を探した。おそらく見る人が見れば私の行動はカモを探す詐欺師のようにも見えたかもしれない。スペインは怪しい人が多いという噂と、トレドで変態おやじに遭遇してしまった経験から非常に慎重になっていた。

小柄で化粧っ気がなく真面目そうな日本人女性に目をつけた(もうすでに中国人と日本人の違いははっきり分かるようになっていた)。怪しまれないように丁寧に声を掛ける。「日本人の方ですか?グラナダの中心地はどっちの方向か分かりますか?」と。

そう。右か左かだけ教えてくれたらいい。大丈夫よ。私は怪しいものではありません。できれば地図をちらっと見せてくれたら有難いけれど、ワガママはいいません。そんな安心オーラを出せるだけ出してみた。すると彼女は想定外のことを言ってきた。

「迎えの車が来てるはずなので、乗って行きませんか」

え?

む…迎え?あなた旅行者じゃないの?いやいや、体力には自信があるので方向さえ教えてくれたらいいんです。なんていう私の言葉はただの独り言となり、彼女は一台の車に向かって歩いて行き、スペイン人と思われる運転手に流暢なスペイン語で何か話してる。「あの…もう大丈夫です」とその場を逃れようとする私に「町の観光案内所まで乗せて行くそうです」といって車のドアを開ける彼女。ああああああ。彼女が怪しいとは全く思わないけれど、さすがにスペインで知らない人の車にホイホイ乗るほど無用心ではない。すると、奥から日本語で「早くお乗りなさい!」と厳しい声が。ギョッとして中を覗くと日本人らしきおじいさんがギロリとこちらを睨んでいる。グズグズしてては迷惑が掛かると思い、堪忍して「すみません」と車に乗り込む。

車内には私と、スペイン人の運転手と30代と思われる日本人女性と70代くらいのおじいさん。3人はスペイン語で何かを話しているらしいが当然私には分からない。日本語が聞こえてきたと思えば「まったくスペインがどれほど危険なところかも知らずにやってくる無神経な日本人には呆れる」と、誰にともなく(いや私にだ)おじいさんがブツブツ文句を言っている。こんな居心地の悪さを味わうことになるとは思わなかった。気まずい。お願い早く車から降ろしてくれ。

車はすぐに中心地と思われる所で止まり、トランクに入れてあったバックパックを運転手が下ろしてくれてた。私は急いでそれを受け取り「ありがとうございました!」と逃げようとした時のこと。しゃがんだ状態でバックパックを背負おうとした時に、あまりの重さに後ろに尻もちをついて倒れてしまった。その様子をおじいさんは目をカッと見開いて睨みつけ、激しい口調でこう言った。「リュックひとつ背負えないでスペインの町を歩けるわけがないじゃない!危険よ!車にお乗りなさい!」

え、待って待って(焦

たまたまバランス崩しただけですって(泣

という私の言葉は完全に無視され、運転手はさっさと私のバックパックを再びトランクに入れて、ドアを開けて中へと促す。いや無理です大丈夫です歩きますもう何ヶ月も旅してきましたので!お気になさらず!!

「今から地中海が見えるレストランでパエリア食べますよ。お腹空いてるんでしょう。お乗りなさい」

パ…パエリア。…情けないことに無言で車に乗り込む私。ここしばらくロクなものを食べてなかったのでパエリアなんて断れるはずがなかった。しかし案の定、車内では無神経な旅人に対しての説教が始まり、車に乗ったことをすぐに後悔した。豪華で信じられないくらいに美味しいパエリアも「あなた、しばらく私の家に滞在しなさい」という言葉が聞こえてからは全く味を感じなくなった。このじいさんからどうやったら逃げられるのか。頭の中はそればかり。

(画像データは消えたけど、撮影した画像をプリントアウトしてた!これがごちそうしてもらったパエリア)

すると、日本人女性ウラノさんが優しく微笑みながら「安心していいですよ。私は元々大使館に勤務していて、今日はこの市村さんのお世話をしにスペインに来たんです」とのこと。なんでもこの市村さんという老人は、有名な画家らしく、グラナダからさらに奥のシエラネバダ山脈にあるカピレイラという村で絵を描いて生活をしているらしい。

―末期癌なんです―

え?

耳を疑った。今回、市村さんが日本で癌治療を受けるためウラノさんはここまで迎えに来たらしく、1週間ほどここで滞在してから二人で日本に向かうらしい。市村さんが部屋は用意してくれるから、お言葉に甘えていいわよ、とのこと。いろんな情報が頭の中で処理できずパニックになったが、ウラノさんはどう見ても信頼できる人のようなので、まあ何かあればナントカ山脈とやらを歩いて下りてやる!という覚悟で同行することにした。

こうして私の旅は、一度の尻もちから想像を超える展開を迎えることになった。


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