㉚スペイン(グラナダ)・・・アルバイシンでの生活

2001/03/15

イスラム教徒の象徴ともいえるサリーを身にまとったサイダは、30代前半くらいのとても美人で高身長の女性だった。そのイメージとは違って、どこか日本人を思わせるような控えめではにかみ屋なところがあり、一瞬にして好感を抱いた。

ルトフィとサイダが並んで家の中をぐるっと案内してくれてから言ったのが「ここを自分の家だと思って生活して。食べたいものは好きに食べ、使いたいものは好きに使う。何をするにも謝ったり断りを入れる必要はないからね。いい?ここはノゾミの家だよ」と。信じられなかった。私のことはまだ何も知らないのに、本当にこれでいいの?

やはり、市村さんだ。

市村さんという人がそれだけすごい人だったんだと今更ながら気付かされる。ああ、市村さん。あんなに反抗した態度を取って申し訳ない。

すぐに店に戻るというルトフィを見送り、サイダと2人になると屋上のテラスに案内され、いろんな話をした。いろんな…と言っても、サイダはスイス人でドイツ語が母国語で、お互いカタコトの英語で。植物がたくさん置かれた狭いテラスには私たちの気配を感じて猫たちがやってきた。時々猫の相手をしながらお互いチグハグな英語で理解し合おうとするのはとても楽しい時間だった。

(ルトフィ家の屋上テラスからの眺め)

彼女は6~7年前に外国語を学ぶために、会社をやめて単身スペインに来て、シリア人のルトフィと出会い、7日で結婚を決めたらしい!今ではルトフィと同じくイスラム教徒となり、毎日お祈りは欠かさず、イスラム教をより理解するために今は毎日30分かけて歩いてアラブ語の学校に通っているとか。ルトフィの言うことは全てが清く正しいものだと信じているようで、この夫婦が本当に固い絆で結ばれているのがサイダの表情だけで十分に伝わってきた。

よく晴れたグラナダでは心の不安も吹っ飛び、清々しい気持ちになった。汚れたジーンズをひっさしぶりに洗濯した!自分の歩きたい方向にひっさしぶりに歩いた!市場を見つけた!教会を見つけた!ネットカフェも見つけて、ひっさしぶりに日本から来ているメールを読んだ!元職場の様子を教えてくれるメールだったり、パリで共に街歩きをしたキヨノリくんが無事に帰国した報告だったり、そういう言葉に触れて、自分の生きてる世界線を少し取り戻し、昨日までのカピレイラでの時間が少し遠く夢の中のことのように感じられた。

・・・

ルトフィの家では、パンを食べるなら⦿ハチミツ&オリーブオイル(すでに混ぜて瓶に入ってる)、⦿サイダお手製のマーマレード(超美味しい!)、⦿オリーブオイルを塗った上にシリアのふりかけ、が定番らしいが、この最後の「ふりかけ」としか表現のしようがないものがとにかく美味しくて美味しくて!ゴマが入ってるのは間違いないけど、他のものが全く分からない。よくよく調べると「デュカ」といって、ナッツとスパイス、ゴマを混ぜた中東ではおなじみの調味料らしい。もう絶品!!その他、ヨーグルトやチーズ、ケーキなどなど、冷蔵庫にはたくさんの食材が詰め込まれていて「好きなだけ食べてくれ」とのこと。やっぱりこれはまだ夢かな?

翌朝の朝食後は、サイダが「遅刻するー学校行きたくないー」というのを無理やりルトフィと見送った。ルトフィから日本の家族や仕事について質問攻めにされて、何日いるのか?短すぎる!などのやり取りを。この人達のこの温かさはどこからのものだろうか。市村さんだけではなく、やはり宗教というものが大きく影響しているような気もする。

ルトフィが仕事に行くと私も街歩きを開始した。明日はアルハンブラ宮殿にいくので、宿代浮いた分で本を書い、アルハンブラ宮殿について予習をしよう。本屋を探して大通りを歩いていると脇道から人がぞろぞろ出てくるので見に行くと、アラブ人がスパイスやハーブティーを賑やかに売っていた。その活気がすごい。広場にはカフェが所狭しと並び、中央では噴水のしぶきがキラキラと光り、街路樹にはオレンジの実がたくさんついていた。ここにいるだけでスペインという国の明るさやエネルギーが一目で分かるようだった。帰りにルトフィの店に寄りピタパンサンドを購入すると、対応してくれたのはなんと日本人女性。彼女の名前はみゆきさん。スペイン人と結婚して31歳にしてすでに四人の子供がいるらしい。ルトフィはみゆきさんのことも私に紹介したかったようで、細かいことはみゆきさんが通訳をしてくれた。明るく元気な人柄ですぐに仲良くなった。本当に心強い!

それにしてもピタパンサンドはすごくすごーーく美味しかった。薄い生地のピタパンに焼きたてのケバブチキンを削いで、サラダとサラダクリームと一緒に巻いて、さらにオイルを塗って表面をバリバリに焼くというもの。こんなサンドイッチは食べたことがなかったので超感動。食べ終わる頃にルトフィがやってきて念を押してくる。

「スペインで誰に話しかけられても答えてはいけない。相手が日本人であっても、日本語を話す外国人でも答えてはいけない。誘われても絶対について行ってはいけない。一人で行動するんだ。君は僕の家族の一員だ、忘れないで。気を付けるんだ」

現地の人間がここまで言うということは本当に危険なんだな…。食べ終わった口を拭くと、改めて気持ちを引き締めてグラナダの街歩きを再開した。


夕食は細長いパキスタン米を炊いたものとポテトフライにセロリに似た野菜のオリーブオイル炒め。宗教上、豚肉は禁止。その他のお肉はお祈りを済ませたものを取り扱っている肉屋からしか購入しないとか。お茶は、鍋に水と砂糖を入れて煮て、潰したカルダモン三粒入れてさらに煮て、仕上げに紅茶葉を入れてすぐに火を止めて作るカルダモンティ。最初に甘みを付けておくのがポイントらしい。このカルダモンティを飲みながらサイダと長い時間宗教について話をした。といっても、英語がうまく話せない上に無宗教の私。サイダは「全ては神の創造物。真実への道は信じたものには拓けるのよ」などと話していたが、彼女の目にはどのような私が映っていたんだろう。

市村さんの「ホントにこの九州女は無知で愚かね。会話にならないじゃない」という声が聞こえたような気がした。

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