2025年6月13日金曜日

デンマーク初日・・・渡り鳥に乗って新しい街へ

2001/01/18

早朝、まだ静かなうちに出発準備。ジムにきちんと御礼を言えてないのが心残りで、迷惑を承知でジムの部屋をノックすると、寝ぼけまなこのジムが顔を出した。まだ夢の中にいるような表情だったけどそれでいいんだ。感謝の気持ちを一方的に伝え、そして宿‘RuckSack’をあとにした。

寂しい気持ちは心の奥に押し込んで、乗るべき列車のことだけを考えた。列車の予約をしてなかったらリューベックを離れられなかったかもしれない。さあさあ、予約したのは旅の目的の一つでもある「渡り鳥コース」!これはドイツからデンマークはコペンハーゲンに向かう途中の海を、列車ごとフェリーに乗って運ばれるというルート。

(残念なことに2019年にこの渡り鳥コースは廃止されたそう。人気のルートだったのに)

国境超えるのに初めてパスポートチェックされた。海が見える。朝日がものすごいパワーで光を放っている。また違う国に入るんだという期待で胸がいっぱいになった。車内放送でどうやらフェリーに乗るぞ、カフェやスナックもあるぞ、45分くらいで着くぞみたいなことを言ってた気がする。ドイツマルクは使えるのかな。そんなこと聞く相手がいるわけもなく、ああ一人ぼっちだったんだと気付かされる。
国境駅プットガルデン。あっという間に列車はフェリーの中に吸い込まれるように入っていった。みんな列車から降りてフェリーに移動し免税店やカフェで自由に時間を過ごしている中、私は甲板から離れていく大陸を見ていた。福岡を出てちょうど一週間。いろんなことを思い出して胸がギュッと苦しくなる。渡り鳥コースとよく言ったもので、私の目の前にも今まさに渡り鳥が飛んでいた。この飛んでいる鳥と私は同じように自由なんだろうか。自由だとしてその先に何があるんだろうか。楽しいはずの気持ちがなぜか重く憂鬱で、涙がこみあげてくる。自分の感情がうまく整理できないままに陸地が見えてきた。



そんな感じでぼんやりしてたら列車に戻るのを忘れてた!船旅じゃない。列車の旅をしてたんだ!焦りすぎてフェリーの甲板から列車に戻る階段を見失い、船内の駐車場を走り回ってようやく列車を見つけて飛び乗る。まったくフェリーに取り残されたらどうなっちゃうんだろう。なんて、そんなこと話す相手もいないんだった。



コペンハーゲン到着。とりあえずインフォメーション探して安宿情報を入手することに。紹介された宿に行ってみると、びっくりするくらいきれいなホテル!これで一泊約1,300円程度だとは驚く。なんか幸先いいぞ。一気に気分が上がったのも束の間。きらびやかなロビーを通過して案内されたのは、薄暗い地下の10人ほどのドミトリー。部屋はまだマシだったけど、ロッカールームはセキュリティなんてなさそうな状態で、なんといってもシャワー室が部屋から果てしなく遠くしかもろくに使い物にならない。イメージだけど船の貨物室ってこんな感じかな。タイタニックでジャックが乗ってた三等客室の方がはるかにいいだろう(腐ってもタイタニックか)
あーー、天国から地獄。一瞬喜んだだけに気分の落ち込みはひどかった。
リューベックが恋しい。寂しい。帰りたい。
地図がすぐ頭に入るのは特技なんだけど、どういうわけかコペンハーゲンは入ってこず、街の印象も掴めないまま。寒いし足痛いしで殺風景な部屋に閉じこもる。

そういえば沢木耕太郎も、香港の印象が強烈で、次に訪れるどの土地もその輝きに優ることなく、全て香港と比較したと書いていたような。そこで沢木が気づいたのが、土地が違えば性格も違って当然。それを認めていかないといけないってことだった。
そうだ。明日こそはこの土地の良さがあると信じて、今日と違う気持ちで歩いてみよう。

シャワー浴びて寝る前、ビリヤード場で日記をつけていたら目を合わせちゃいけない怪しげな東洋人が話しかけてきた。彼の名は星野。このおっちゃんがほんと怪しい😱
しかし悲しいことにあまりにも気が合ってしまい、めちゃくちゃ盛り上がってしまった。明日は宿を変える!と思っていたけど考え直してみようかな。だって、もうここはリューベックじゃない。





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